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第四話 事件の前と後

Author: 紡里
last update publish date: 2026-07-26 13:03:34

魔術師ガーボルがわたくしに接触してきたのは、時を巻き戻した翌日のことだった。

彼には、前回の世界がどうなったか――様々なことを教えてもらった。

わたくしの死がどう扱われたのか。

マールトンとカタリンが、その後どんな結婚生活を送ったのか。

わたくしの両親についても聞いたけれど、特に変わりなく暮らしていたらしい。仕事さえあれば、幸せなのだろう。

ガーボルは普段、街の小さな魔道具店で、修理を請け負って生計を立てている。

ときには騎士団の依頼を受けたり、便利屋のような仕事を引き受けたりもするそうだ。

例えば、令状を取るほどの証拠はないが、どうも怪しい――そんな場面でこっそり魔術による鑑定をしてあげることもあるらしい。

そうやって貸しを作っておけば、今度は騎士団が便宜を図ってくれる。 

持ちつ持たれつの関係を築き、比較的自由に暮らしているそうだ。

今回、わたくしもその伝手つてにずいぶん助けられた。

   ***

ガーボルと初めて会ったのは、「珍しい魔道具に興味はありませんか」と、突然わたくしの屋敷を訪ねてきたときだった。

執事たちも、魔道具関係の客はあまり警戒しない。

魔術師は変わり者が多く、商談を逃すと、二度と縁がつながらないことも珍しくないからだ。

両親も兄もいない時間を見計らったかのように、彼はやってきた。

応接室でわたくしの前に並べられたのは、色とりどりの花を咲かせる魔道具や、紅茶を淹れてくれるぬいぐるみなど、実用性があるのかないのか判断に困る品ばかり。

――この魔術師はハズレだったかしら。

そう思った矢先、ガーボルが身を寄せ、侍女にも聞こえないように囁いた。

「マールトン・ヘーデルヴァーリから、イロナ・セーケイを生き返らせる依頼を受けた。

 成功したと考えていいかな?」

わたくしは息が止まるかと思った。

探し求めていた情報が、向こうから転がり込んで来たのだ。

「そうね。そう考えていいと思うわ」

この話は、事情を知らない者たちには聞かせたくない。

侍女に「魔道具の仕組みについて詳しくうかがいます。いつものように――」

わたくしが命じると、侍女は慣れた様子で壁際まで下がり、耳栓をした。

けれど、巻き戻ったことが自分の妄想ではないと知って、張り詰めていた糸が切れたように、わたくしは泣いてしまった。

それで、その日は話を切り上げることにした。

「では、何かあったら、魔道具が壊れたと言って修理に呼んでください」

そう言って、ガーボルは持って来た魔道具をいくつか置いていった。それから、なぜか本も一冊。

疑われずに会うための口実まで用意しているなんて……実に用意周到だ。

  ***

それからは、修理にかこつけて情報交換を重ねた。

まずは、お互いの認識をすり合わせることにした。

わたくしはカタリンに毒殺された。だが、世間では自殺したことになっている。

マールトンはわたくしの死後、すぐにカタリンと結婚した。しかし、彼女の不貞を知り、人生をやり直そうとして時間を巻き戻したのだ。

「カタリンと離婚して、再婚すればいいと思うのだけど。マールトンはまだ二十代だったのでしょう?」

「さあ? 彼がどういうつもりだったのかなんて、聞いていませんよ。

 僕としては、古代の魔道具を使わせてもらえるなら、理由なんて何でもよかったから」

本当にマールトン自身には興味がないらしい。

「それなら、どうしてわたくしに接触してきたの?」

「君に記憶があるのか、興味があったんです。

それと……何も知らないまま、時間が巻き戻っていたら混乱するだろう? 怖がっていないか気になった」

「ええ。わけが分からなくて、怖かったわ。来てくれて、ありがとう」

果たして、夢なのか現実なのか。

ガーボルが来てくれたから一日で終わったけれど、何もわからない状況は、不安で堪らなかった。

「どういたしまして。君は前回二人に振り回された。今回も同じことになったら、可哀想かなって」

髪を切ったガーボルは、表情がよく見える。

「マールトンには記憶があるのよね? わたくしにも記憶が残っていると、知っているのかしら?」

「いや、彼は知らないはずです。記憶が残る人と残らない人の条件は、わからないままだった。

だから、君に記憶が残っている確率は、半々だと思っていました」

学園でのマールトンの態度は、ほんの少し変わっただけだ。

今までは用事がない限りわたくしを無視していたのに、自分から挨拶をするようになったのだ。

けれど、「人生をやり直そう」と決意した人の変化とは、とても思えない。

死ぬ前のわたくしだったら、それだけでも喜んだと思うけれど。

こうして正気に返ってしまえば、あんな男に魅力は感じない。

自分の都合ばかりを押しつけ、わたくしの気持ちなど考えようとしない人。

目障りだから、近くに来ないでほしい。

「マールトンに記憶が残っていない可能性はないの?」

相変わらずカタリンと一緒に行動しているのだ。

「それだと時間を戻した意味がなくなるでしょう。確かめていないけれど、記憶はあるはずですよ」

ガーボルが確かめていないということが意外だった。

   ***

「さて、どうしたいか、気持ちは固まりましたか?」

ガーボルはわたくしをかすようなことはなかった。

けれど、カタリンが動くまで一月しかない。

「……わたくしは、あの二人に復讐します。わたくしを裏切って、陰で笑いものにしていたことを後悔させたい」

その答えを聞いたガーボルは少し考え込んでから、口を開いた。

「それなら、記憶がないふりをして、マールトンの様子を見ていた方がいいと思う」

「どうしてかしら?」

「前回と違う行動を取ったら、カタリンが計画を変えてしまうかもしれない。そうなると、彼女が動き出すタイミングがわからなくなる」

言われて見れば、確かにそのとおりだ。

それから、学園では前回と変わらないように振る舞うように心がけた。

それが、想像以上に苦痛だった。

「たまにこちらを見ているのが気持ち悪いわ。以前のようにカタリンと仲良くしていればいいのよ」

「マールトンの変化はそれだけなのか?」

ガーボルは呆れたように尋ねた。 

復讐すると決めてから、ガーボルとの距離が近くなった。話し方に敬語が混じらない。

「反省して婚約者らしい態度を取るとか、『カタリンから食べ物はもらうな』と忠告するとか。せっかく巻き戻ったんだから、それくらいしないと……」

「特にないわね」

わたくしは苦笑いした。

マールトンが前回と違う行動をして、カタリンも変わってしまうのは困ると思っている。けれど、こんなにも変わらないとは……。

「計画を立てたり、前もって準備したりするのが苦手な人なのよ」

「巻き戻す方法を調べているときも、『早くしろ』と文句を言うばかりで、協力する姿勢も見せなかったな。

 カタリンと離婚するような動きもなかったし」

「ああ、『どうせ巻き戻るから』とでも考えていたのでしょうね。問題から逃げるために過去へ戻って来ただけ――という気がしてきたわ」

そう簡単に、人は変われないのだ。

ガーボルは小さな瓶を一つテーブルに置いた。

「君が死んだときの症状から推測すると、毒薬の候補はこれだね」

「それなら、それを使って返り討ちにしたいわ」

 わたくしの家の応接室で、そんな物騒な密談が何度も行われた。

 時々、ガーボルには「君、変わってるね」とか「面白い。いいね」などと言われる。

 貴族らしく、淑女らしく――そんなふうに構えなくていいのは、とても新鮮だった。

   ***

その毒薬の材料を、マールトンの部屋に仕込んだのはわたくしだ。

彼がカタリンと逢瀬を重ねている日に、ヘーデルヴァーリ家を訪れた。

執事に向かって、「課題をやっておけと言われたのですが……」と困った顔を作る。

過去に何度もあったことだ。使用人は疑うこともなく、わたくしを彼の私室に案内した。

今まで、わたくしを都合良く利用してきた罰だわ。

机の裏。

クローゼットの隅。

ベッドの下。

見つからない場所を考えながら、材料を置いていく。

誰かが入ってきませんように――

心臓をばくばくさせながら、素早く作業を終えた。

あとは、掃除されないことを祈るばかりだ。

   ***

せっかくの人生。やり直しの機会をもらったのに、あんな信用できない男と歩んでいくなんて嫌だもの。

ドレスアップしても似合わないとけなされ、歩くのが遅いと乱暴なエスコートをされた。

紳士として最低の男だ。

婚約してから、わたくしは自分に言い聞かせていただけだと思う。

――わたくしは、彼が好きなのだと。

ごくまれに優しくされたときは、涙が出そうなくらい嬉しかった。

これこそが彼の本性だと信じて、「またあの優しさを見せてくれますように」と真剣に祈った。

少しでも格好いいところを見れば、「さすがだわ」と喜びを感じるよう、自分の心をかき立てた。

消えそうな火種に、慎重に風を送り続けるようなものだ。

消えないように。

いつか暖かく大きな炎になるように。

彼が怒り出さないように顔色をうかがい、ご機嫌を取る。

何事もなく一日を終えられた日は、「婚約者が穏やかでいてくれたおかげで、幸せでした」と感謝を捧げた。

涙ぐましい努力だったわ。

そのあげくに、横からかっさらわれたのだ。

やっていられないわ。

たとえるなら、駄馬の世話を一生懸命していたのに、その駄馬から「お前なんか嫌い」と蹴られたようなものだ。

死の間際に、カタリンから浮気をしていたと聞かされたときは、ショックだった。

けれど、それは彼を愛していたから傷ついたのではない。

ただ、費やしてきた時間が無駄になったことが、悔しいだけという気がしてきた。

わたくしは、腹の底では彼のことを「困った子だ」と見下していたようなのだ。

もしかしたら、彼もそれを感じ取っていたのかもしれない。

それでは、お互いに愛が育つはずもない。

誠意を持って、愛情深く接していたら、いつか心は通じ合う――

そんなふうに考えて現実から目を逸らしていた、前回の自分を殴りたい気分だ。

壊れた器に、どれだけ水を注いでも意味はない。

無駄なものは、どこまで行っても無駄なのよ。

   ***

殺人未遂事件から一か月が経ち、また魔道具を修理しながら情報交換をする日がやってきた。

「巻き戻して捕まってしまうなんて……巻き戻さない方がマールトンにとってはよかったんじゃない?」

言うなれば、巻き戻しぞんだ。

「浮気された男」から、「禁術使用の犯罪者」になってしまったのだから。

――わたくしにとってはどちらが幸せだったのだろう。

何の疑いもなく、「マールトンと幸せになれるはず」と希望を抱いていた前回。

誰かに騙されないよう慎重に行動し、生き延びることはできたけれど、人を信じることが怖くなった今回……。

「そうだね。巻き戻せば何もかも上手くいくわけじゃない。せっかくのチャンスを活かせない人もいるってことさ」

ガーボルは、平然と言い放った。

もしかして、この人だけが得をしたのではないかしら。

愚かな元婚約者が、何を望んでいたのか――

わたくしには、最後まで理解できなかった。

魔道具の修理を終えた帰り際、ガーボルはふと思い出したように言った。

「僕が次に来るまで、新しい婚約者は決めないでね」

謎めいた言葉を残して、魔術師は去っていった。

   ***

それから半年が過ぎた。

「それで――なぜ、わたくしはあなたとお見合いをしているのかしら?」

「簡単な話さ。僕が優秀な魔術師だと認められて、魔術爵を授かったからだよ。平民の魔術師よりは、君と釣り合いがとれるようになっただろう?」

ガーボルは気負うことなく、説明していく。

「君の毒殺を防いだことも大きかった。つまり、君との共同作業の成果でもあるわけだ」

そこで、ガーボルはわたくしの手を取り、にんまりと笑った。

「僕たち、相性がいいと思うんだよね」

その笑みは、どこまで本気なのか読み取ることが難しかった。

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